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連載記事
北九州 あの日あの頃

タイトル 思い出は遠くなりにけり
エピソード14
投稿者 柴山 品子さん(85歳)
昭和30年これは昭和24年、宮崎県東諸県郡綾町立綾小学校、3年桃組での写真です。その前年、10歳の時に満州より引き上げてきた私は、友達より一つ年上でしたが、当時は珍しいことではありませんでした。みな貧しい時代で、写真を見ると、草履の人、下駄の人などがいて、あの子この子と懐かしいことばかりです。
日本での学校の勉強は、満州で学んできたことと異なりました。毎晩、父が先生となり勉強し、おかげで3年生の時には全教科で上位になることができました。父はPTA会長を務めており、当時、校長先生をはじめ多くの先生方が私の家によく集まっていました。私の家は二階建ての古い旅館で、戦前は兵隊さん達が住んでいました。満州の家はレンガ造りでしたので、木造の家が不満だったことを覚えています。父の商売も順調で、お手伝いさんもいる不自由のない生活でしたが、父が49歳で亡くなり、その時代は終わりました。しかし父がいない分、先生方が何かと面倒を見てくださいました。
お世話になった先生の一人が、80歳の時に本を出版され、その中に今でも忘れられないエピソードがあります。ある生徒が宿題の終わりにいつも「エヌエチケイ」と書くので理由を聞くと、「終わりという意味です。ラジオはいつも終わりにそう言うので」と答えたそうです。
美空ひばりの悲しき口笛が聞こえてきそうな、思い出は遠くなりにけり。
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