連載記事

​北九州 あのあの

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写真のタイトル 幸せの礎は平和

投稿者 松尾高林さん(78歳)

 写真は、昭和一桁生まれの私は、不幸にも戦争少年であった。軍国主義の教育で「兵隊になりお国のために命を捧げる」が身に染み込んでいた。小学校2年生のとき太平洋戦争が始まり、終戦は小学校6年生で正に戦争子であった。

 成人になって当たり前の生活が何者にも変えられぬ幸せかを会得した原点は生涯脳裏に焼き付いている八幡大空襲に遭遇し、命をつないだことである。広島に原子爆弾が投下された2日後の8月8日は夏休み中の登校日、10時ごろ空襲警報が鳴り、帰宅する用意をした途端、広範囲にパンババンと破裂音。焼夷弾である。全児童が逃げ惑い。町は黒煙と火の海に。近くで爆弾が落ち、数十メートルの火柱が上がる。その時、死を意識した。爆風で吹き飛んだガラスの破片の道を裸足でわが家へ。

 その後、地獄のような惨状は、字数の制約で割愛するが、翌日8月9日小倉に落とされるはずの原子爆弾が、天候不順で長崎で炸裂した。それは八幡大空襲の残煙が大きく影響したと確信している。当日、西風が吹いていて、火災の煙は小倉方面に流れていたことを鮮明に覚えているからである。

 昨年から、八幡大空襲継承の「平野塾」の元で、語り部を務め戦争の悲劇を伝えている。

投稿募集 〜昔を語ろう、伝えよう〜

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ゆくゆくは一冊の本のまとめ、北九州市内の小中学校に地域教材として寄贈したいと考えています。

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